囃子堂

囃子堂東京公演【演目解説】

能楽には様々な上演形態があります。囃子堂(はやしどう)では能楽の音楽性にスポットを当て、囃子の魅力をご紹介します。

上演形態の説明

 

素囃子(すばやし)

能に挿入される、舞や働などを囃子のみで演奏します。純粋に「音楽として聴く能」をお楽しみ下さい。

 

舞囃子(まいばやし)

能のクライマックス部分を装束を着けずに上演します。シテの舞う型にも囃子と同様にノリやコミがあります。舞(型)の中にある音楽性にもご注目下さい。

 

一調(いっちょう)

一調は謡一人と囃子のいずれかの打楽器の 一人が一対一で演奏します。短いながらも能を一番観たのと同じ満足感(密度)が得られるような演奏が必要といわれ、通常の演奏とは異なり複雑で華やかな手(リズム)を打ちます。謡と囃子が対峙する緊迫感溢れる演奏形態です。

 


演目解説

 

揉之段(もみのだん)

能「翁」で狂言方が舞う三番三(さんばそう)の前半を演奏します。三番三を稲の精の舞と解釈すれば、「揉」は「籾」と捉えることができます。揉出(もみだし)という、鼓の激しい打ち出しから始まり、弾けるようなリズムの揉之段は、籾が発芽していく生命のエネルギーを表現しているように感じられます。(三番三の後半、鈴之段で黒い翁が持つ鈴は、豊かに実った稲穂の象徴です。)

 

熊野 村雨留(ゆや むらさめどめ)

平宗盛の愛妾・熊野は、遠国に暮らす母の病を知り一刻も早く駆け付けたい心境です。しかし、宗盛はそれを許さず、清水寺の花見の宴で舞を所望します。涙を抑えて舞を舞う熊野ですが、春雨が降りかかり花を散らすのを見て舞を止めます。これが村雨留で、雨が降り始めると、笛は水に縁のある盤渉調となり、大小鼓も雨粒の音を奏します。

 

歌占(うたうら)

和歌の内容で吉凶を占う男神子(おとこみこ)は、その占いにより、生き別れた子と再会を果たします。諸国を巡る旅で頓死し、三日後に蘇生したという男神子は、その時に見た地獄の有様を謡い聞かせます。次第に神がかりし現なくなりますが、やがて神霊は上天し、正気を取り戻して、子を連れて故郷伊勢へと帰って行きます。

 

三輪 白式神神楽(みわ はくしきかみかぐら)

男神が女のもとに通う神婚説話を基調にしながらも、天照大神と三輪明神とが同一だという説や、天岩戸神話が反映され、シテは大神神社の御祭神なのですが、男体の神様ではなく女姿で登場します。白式神神楽は江戸末期に京都(片山家)で考案された小書です。通常神楽が舞われる箇所がイロエとなり、その後特殊な神楽と続き、清澄で厳かな神代の世界が現出される秘曲です。能ではシテの装束が白一色となるのが白式と呼ばれる所以です。

 

鳥追船 鳥追(とりおいぶね とりおい)

都へ行き不在の領主の妻は、留守を預かる家臣に命じられ、不本意ながら鼓、太鼓を打ち鳴らして、田を食む鳥を追います。「しどろもどろに鳴る鼓」やりきれない想いをのせて浮かぶ鳥追船。秋の風物詩の一節を小鼓、大鼓で聴き比べて頂きます。

 

船弁慶 白波之伝(ふなべんけい しらなみのでん)

平家一門の滅亡に功のあった源義経ですが、兄・頼朝に疑念を抱かれ、都を追われることになります。弁慶ら少数の従者を従え、航路にて西国を目指す途上、天候が急変。荒れ狂う波間より平知盛を筆頭とした平家の亡霊が現れ、義経一行に襲いかかります。義経は刀で、弁慶は法力で応戦し、亡霊達を退け、海上にはただ白波のみが残るのでした。
小書【白波之伝】では、常よりも急調で激しい型、囃子で襲いかかる知盛の勢い、戦闘の緊迫感を際立たせます。
金剛流のこの小書は、舞囃子においてもワキ、狂言などの立ち方が舞台上に立つ大変珍しい形式をとっています。舞囃子でありながら能により近い演出を楽しめる演目です。

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