同明会能

第71回 同明会能 解説 

松山天狗(まつやまてんぐ)

保元の乱に敗れ、讃岐国松山に流された崇徳上皇は、都を追われた無念と悲しみを抱いたまま世を去り、その玉体は都へ戻されることなく白峰の山中に葬られました。時を経て、その御陵を訪れた西行法師が上皇を偲ぶ和歌を手向けると、不思議な気配とともに崇徳上皇の霊が現れます。
上皇の霊は西行の真心を喜び、かつて都にあって栄華を誇った日々を偲びつつ舞楽を奏でますが、やがて政争に翻弄された無念が蘇り、怨念に満ちた姿へと変貌します。その心に呼応するかのように、白峰の山風が荒れ、白峰の天狗・相模坊をはじめとする天狗達が出現します。天狗達は上皇の復讐の助勢を誓い、明けゆく白峰へと消え失せるのでした。

それを守護する天狗の威勢を中心に上演します。都への追慕から怨念へと変貌する崇徳院の姿は、本曲の核となる大きな見どころです。
本曲は現在、所演曲としては金剛流のみが伝承していますが、観世流では1994年「能劇の座」において復曲されました。この復曲にあたっては、配流された上皇の孤独と怨念をより鮮明に描き出すとともに、後世の文学や伝承、とりわけ上田秋成『雨月物語-白峰』に通じる壮絶な世界観を投影した演出が施されました。

烏頭(うとう)

烏頭(喜多流以外は善知鳥と表記)とは、一般にはウミスズメ科の海鳥の名前なのですが、この曲では、陸奥国外の浜にいたと伝えられ、ウトウヤスカタとも呼ばれる鳥を指します。一説には、允恭天皇の頃、罪なくしてこの地に流された中納言烏頭安方とその子息の霊が化した鳥だともいわれています。母鳥が「ウトウ」と鳴くと子鳥が「ヤスカタ」と鳴いてその居場所を知らせるという習性を持つので、猟師はこれを悪用し、母鳥の声を真似て子鳥を呼び出し捕えたのでした。母鳥は悲しみの余り血の涙を雨のように流して飛び回るので、猟に出る時は必ず蓑笠が必要であったといわれます。
本曲のシテは、この烏頭を捕えることを生業とする漁師の亡霊です。漁師はその殺生の罪業により死後地獄に堕ち責苦を受けます。舞囃子ではこの地獄の場面が演じられます。漁師は生きてゆくために殺生をしなければならなかった境遇を嘆き、地獄の責めの苦しみ、特に自らが殺めた烏頭が怪鳥と化して責め続けることの苦しみを語り、ワキの僧に救済を求めます。また、この曲の「カケリ」は、鳥を捕える場面を再現する写実的な所作となり、修羅物や狂女物とは違う独特の囃子事です。
能の上演では、まず、越中国立山を舞台に、「この世に残した妻子を訪ね、蓑笠を手向けて欲しい」と、漁師の亡霊がワキ僧に託す場面から始まります。その後ワキ僧が陸奥国外の浜に妻子を訪ね菩提を弔ううちに、漁師の亡霊が蓑笠を着してふたたび現れ地獄の苦言を語ります。親子を引き裂く殺生の因果による苦患が、まさにその妻子の眼前で再現されるという、凄惨な曲です。
前段の舞台となる立山は、死者の赴く地獄のあるところと信じられていた場所であり、後段の舞台となる陸奥国、青森市安方の地には中納言烏頭安方ゆかりの善知鳥神社が鎮座し善知鳥伝説を今に伝えています。

熊野 三段之舞(ゆや さんだんのまい)

平宗盛の愛妾 熊野(ゆや)は、病に臥す故郷の老母を見舞うため度々暇を願うのですが、花見の共をさせるまではと、宗盛は聞き入れません。そこへ、今年の花の頃まで長らえられるかわからない。命のあるあいだに一目会いたいと、弱った母からの手紙が届きます。その手紙を宗盛の前で読み上げ重ねて暇を乞いますが、今年の花見を見捨てるのか、花見に行けば気分も晴れるだろうと言い返されて花見へ同行させられることになります。満開の桜、華やかな都の様子を車の中から眺めながらも、母のことばかりを考えて熊野の心は沈んでいきます。車から降りると清水の観音の前で母のために静かに祈ります。やがて酒宴が始まると宗盛から舞うように命じられ、気が乗らぬまま舞い始めます。程なく降り出した村雨が満開の花を散らすと舞うのを止め、村雨も散る花を惜しんでの涙の雨であろうと、一首の歌を短冊にしたためて宗盛に差し出します。
「いかにせん都の春も惜しけれど 慣れし東の花や散るらん」
この歌に心を動かされた宗盛はようやく暇を許します。これはまさに観音のお陰だと喜び、熊野は母の待つ東へ帰って行きます。
春の華やかな情景と熊野の重たく暗い心情、光と影を美しく描いた秀作です。
本日の舞囃子は、酒宴が始まったところから始まり、短冊に歌をしたため宗盛に差し出す場面は省略されます。
<三段之舞>の小書(特殊演出)は、通常は五段の長さの舞を三段に短縮します。これは早く花見を終えたいゆえに常より短く舞うという意味です。舞う気分ではない熊野の反抗的な面も含まれると考えれば面白い演出だと思います。

屋島 弓流(やしま ゆみながし)

讃州屋島に現れた源義経の霊が、屋島の合戦の様子を語り、春の暁に消えていく、修羅物の代表曲です。錣引、継信・菊王の最後、弓流の逸話が次々と語られる臨場感あふれる軍物語です。
本日は舞囃子で弓流の場面より上演します。
屋島の波打ち際で馬上から戦況を見ていた源義経は思いがけず弓を落としてしまい、弓は波にさらわれ流されます。義経は沖にいる敵に弓をとられまいと、危険を顧みず敵船の近くまで馬を泳がせて弓を取り戻します。味方からは弓より命の方が大切だと諫められますが、義経は弓を惜しんだのではない、名誉を惜しんだのだと語ります。やがて修羅の責め(永遠に戦い続ける地獄)が到来しますが、義経の霊はひるむことなく、今日の敵は誰だと嘯き、嬉嬉として戦っていると、いつしか夜は明けて、春の暁に消えていくのでした。
小書の<弓流>はイロエが挿入されます。ゆったりとした演奏の中、シテ(義経の霊)は弓に見立てた扇を持ち、舞台をゆっくりと回り戦況を見つめます。シテが弓を落とす瞬間に●(チョン)○(ポ)と大鼓と小鼓の緊迫した音が入り、テンポが早まってシテは素早く舞台後方へ動き、弓が一気に沖へと流されていく様子を表します。

橋弁慶(はしべんけい)

牛若丸と弁慶が五条の橋で出会った、有名なエピソードの一節を、謡と小鼓のみで演奏します。幸流小鼓の独調は能で演じるときと同じ手(譜)を打ちますが、本日は替手(半間などに打つ特別な譜)で、牛若丸と弁慶の丁々発止の戦いを表現します。

船弁慶 白波之伝(ふなべんけい しらなみのでん)
平家一門の滅亡に功のあった源義経ですが、兄・頼朝に疑念を抱かれ、都を追われることになります。弁慶ら少数の従者を従え、航路にて西国を目指す途上、天候が急変。荒れ狂う波間より平知盛を筆頭とした平家の亡霊が現れ、義経一行に襲いかかります。義経は刀で、弁慶は法力で応戦し、亡霊達を退け、海上にはただ白波のみが残るのでした。
小書<白波之伝>では、常よりも急調で激しい型、囃子で襲いかかる知盛の勢い、戦闘の緊迫感を際立たせます。
金剛流のこの小書は、舞囃子においてもワキ、狂言などの立ち方が舞台上に立つ大変珍しい形式をとっています。舞囃子でありながら能により近い演出を楽しめる演目です。

熊坂 ハタラキ(くまさか はたらき)

旅僧が美濃赤坂に着くと僧が現れ、今日はさる者の命日なので弔って欲しいと頼まれ快諾しますが、誰を弔うのか尋ねても教えてもらえず、不審に思いながらもひとまず経を唱えます。やがて僧の庵に案内され中に入ると、そこには仏像はなく、壁一面に大薙刀などの武具が並んでいるので、これはどういうことかと尋ねると、このあたりは山賊や夜盗が多く、襲撃に備えているのだと答えます。それでは休みましょうと僧が寝室へ入って行こうとすると、いつの間にか僧の姿は消え、庵もなくなり草むらとなって旅僧は不思議に思います。
旅僧は里人にこの地は大盗賊 熊坂長範が牛若丸に討たれた所であることを教えてもらい、弔っていると、熊坂長範の霊が現れ、かつてここで金商人の三条吉次信高を襲おうとしたが、警護についていた牛若丸に斬られ敗れた様を語り、再び弔い頼むと、夜は明けて消えていくのでした。
この能は、勝者である牛若丸は舞台上には登場しませんが、その分牛若丸の超人的な活躍が感じられ、敗者の長範の悲哀が引き立てられています。

―以下は、シテの友枝雄人師ご寄稿の解説です―

熊坂長範を題材にした能の演目は、本曲「熊坂」と「烏帽子折」の二曲が伝えられております。過去には「現在熊坂」という曲があった様ですが、退転しております。
現行曲の二曲は、いずれも金売り吉次一行と共に奥州へ下る牛若丸の盗賊退治の活躍伝説を題材にしておりますが、「熊坂」はその事後の恨みを抱えた長範の亡霊、「烏帽子折」はその長範が退治される場面を描いた演目で、この事件の扱いが過去と現在になっている点が違いとなっています。
「烏帽子折」は子方の牛若丸が主人公並みの存在感を示す演目ですが、「熊坂」は亡霊として現れた熊坂長範が、牛若丸との最期の様を僧の前で語る事によって無念の死を浄化する演出となっております。

それゆえ、本曲はその場には見えない牛若丸の姿を薙刀捌きにより浮かび上がらせる能独特の世界観となっております。
今回は、小書による演出の追加がございます。ハタラキという型が加わることにより、一層牛若丸の超人ぶりが浮き彫りにされます。
薙刀では叶わぬと思った手負いの熊坂、少年ごときは力ずくで組み伏せてしまおうと挑みますが蝶鳥の如く跳躍する牛若丸に翻弄され、次第に重傷を負い絶命します。その追いかける場面がハタラキによって強調されます。シテとお囃子方との間合いの呼吸も見所です。
準備を怠らず計画を立てたはずの吉次一行への盗賊団の夜襲。しかし牛若丸の存在を知らなかったが故の、失敗と無念。その大悪党の執心が前半の演出も含め、この曲の根底にあるのでは無いかといつも舞うたびに感じております。

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